ますわ。過ぎ去った昔のお話が出来ますからね。まあ、事によるとあなたの方では、もうすっかり忘れてしまっていらっしゃるような昔のお話でございますの。
男。妙ですね。あなたがそんな風な事をわたくしにおっしゃるのが、もうこれで二度目ですぜ。なんだか六十ぐらいになった爺いさん婆あさんのようじゃありませんか。一体百年も逢わないようだと初めに云っておいて、また古い話をするなんとおっしゃるのが妙ですね。
貴夫人。なぜ。
男。なぜって妙ですよ。女の方が何かをひどく古い事のように言うのは、それを悪い事だったと思って後悔した時に限るようですからね。つまり別に分疏《いいわけ》がなくって、「時間」に罪を背負わせるのですね。
貴夫人。まあ、感心。
男。何が感心です。
貴夫人。だって旨く当りましたのですもの。全くおっしゃる通りなの。ですけれどそれがまた妙だと思いますわ。それはわたくしあなたに悪い事だったと思っている事をお話いたすつもりに違いございませんの。そこで妙だと存じますのは、男の方が何かをお当てになると云うことは、御自分のお身の上に関係した事に限るようだからでございますの。
男。はてな。それではそのお話がわた
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