て置いて、直ぐ起きる覚悟をして一寸寐る。十二時に目を醒ます。頭が少し回復してゐる。それから二時まで起きてゐて書く。
 昼の思想と夜の思想とは違ふ。何か昼の中解決し兼た問題があつて、それを夜なかに旨く解決した積で、翌朝になつて考へて見ると、解決にも何にもなつてゐないことが折々ある。夜の思想には少し当にならぬ処がある。
 詩人には Balzac のやうに、夜物を作つた人もある。宵に寐かして置いた Lassailly が午前一時になると喚び起される。Balzac はかう云つたさうだ。君はまだ夜[#「夜」は底本では「外」]寐る悪癖が已まないな。夜は為事《しごと》をするものだよ。さあ、ここに※[#「口+加」、第3水準1−14−93]※[#「口+非」、第4水準2−4−8]がある。これを飲んで目を醒まして、為事に掛かり給へといふ。卓の上には白紙が畳ねてある。Balzac は例の僧衣を著て、部屋の中をあちこち歩きながら口授する。Lassailly はそれを朝の七時まで書かせられるのであつたさうだ。併し Balzac は午前八時から午後四時まで役所の事務を執つてはゐなかつた。そこを思ふと僕の夜の思想はい
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