るべかけた。
 烟が散つてから見れば、もう敵は退いて、道が橋向《はしむかう》まで開いてゐる。橋詰《はしづめ》近く進んで見ると、雑人《ざふにん》が一人打たれて死んでゐた。
 坂本は平野橋へ掛からうとしたが、東詰の両側の人家が焼けてゐるので、烟に噎《むせ》んで引き返した。そして始《はじめ》て敵に逢つて混乱してゐる跡部の手の者を押し分けながら、天神橋筋を少し南へ抜けて、豊後町《ぶんごまち》を西へ思案橋に出た。跡部は混乱の渦中に巻き込まれてとう/\落馬した。
 思案橋を渡つて、瓦町《かはらまち》を西へ進む坂本の跡には、本多、蒲生《がまふ》の外、同心山崎弥四郎、糟谷助蔵《かすやすけざう》等が切れ/″\に続いた。
 平野橋で跡部の手と衝突した大塩の同勢《どうぜい》は、又逃亡者が出たので百人|余《あまり》になり、浅手《あさで》を負《お》つた庄司に手当をして遣つて、平野橋の西詰から少し南へよぢれて、今|淡路町《あはぢまち》を西へ退く所である。
 北の淡路町を大塩の同勢が一歩先に西へ退くと、それと併行した南の瓦町通《かはらまちどほり》を坂本の手の者が一歩遅れて西へ進む。南北に通じた町を交叉《かうさ》する毎に、坂本は淡路町の方角を見ながら進む。一|丁目筋《ちやうめすぢ》と鍛冶屋町筋《かぢやまちすぢ》との交叉点では、もう敵が見えなかつた。
 堺筋《さかひすぢ》との交叉点に来た時、坂本はやう/\敵の砲車を認めた。黒羽織《くろばおり》を着た[#「着た」は底本では「来た」と誤記]大男がそれを挽《ひ》かせて西へ退かうとしてゐる所である。坂本は堺筋《さかひすぢ》西側の紙屋の戸口に紙荷《かみに》の積んであるのを小楯《こだて》に取つて、十|文目筒《もんめづゝ》で大筒方《おほづゝかた》らしい、彼《かの》黒羽織を狙《ねら》ふ。さうすると又《また》東側の用水桶の蔭から、大塩方の猟師金助が猟筒《れふづゝ》で坂本を狙ふ。坂本の背後《うしろ》にゐた本多が金助を見付けて、自分の小筒《こづゝ》で金助を狙ひながら、坂本に声を掛ける。併し二度まで呼んでも、坂本の耳に入らない。そのうち大筒方が少しづつ西へ歩くので、坂本は西側の人家に沿うて、十|間《けん》程《ほど》前へ出た。三人の筒は殆《ほとんど》同時に発射せられた。
 坂本の玉は大砲方《たいはうかた》の腰を打ち抜いた。金助の玉は坂本の陣笠《ぢんがさ》をかすつたが、坂本は只
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