あるが、これは自分が出ることにし、小頭《こがしら》の与力二人には平与力《ひらよりき》蒲生熊次郎《がまふくまじらう》、本多|為助《ためすけ》を当て、同心三十人は自分と同役岡との組から十五人|宛《づゝ》出《だ》すことにした。集合の場所は土橋《どばし》と極めた。京橋組への伝達には、当番与力|脇《わき》勝太郎に書附を持たせて出して遣つた。
手配《てくばり》が済んで、坂本は役宅《やくたく》に帰つた。そして火事装束《くわじしやうぞく》、草鞋掛《わらぢがけ》で、十文目筒《じふもんめづゝ》を持つて土橋《どばし》へ出向いた。蒲生《がまふ》と同心三十人とは揃つてゐた。本多はまだ来てゐない。集合を見に来てゐた畑佐《はたさ》は、跡部《あとべ》に二度催促せられて、京橋口へ廻《まは》つて東町奉行所に往くことにして、先へ帰つたのださうである。坂本は本多がために同心一|人《にん》を留《と》めて置いて、集合地を発した。堀端《ほりばた》を西へ、東町奉行所を指《さ》して進むうちに、跡部からの三度目の使者に行き合つた。本多と残して置いた同心とは途中で追ひ附いた。
坂本が東町奉行所に来て見ると、畑佐はまだ来てゐない。東組与力朝岡|助之丞《すけのじよう》と西組与力近藤三右衛門とが応接して、大筒《おほづゝ》を用意して貰《もら》ひたいと云つた。坂本はそれまでの事には及ばぬと思ひ、又指図の区々《まち/\》なのを不平に思つたが、それでも馬一頭を借りて蒲生《がまふ》を乗せて、大筒を取り寄せさせに、玉造口|定番所《ぢやうばんしよ》へ遣つた。昼|四《よ》つ時《どき》に跡部が坂本を引見した。そして坂本を書院の庭に連れて出て、防備の相談をした。坂本は大川に面した北手《きたて》の展望を害する梅の木を伐《き》ること、島町《しままち》に面した南手の控柱《ひかへばしら》と松の木とに丸太を結び附けて、武者走《むしやばしり》の板をわたすことを建議した。混雑の中で、跡部の指図は少しも行はれない。坂本は部下の同心に工事を命じて、自分でそれを見張つてゐた。
坂本が防備の工事をしてゐるうちに、跡部は大塩の一行が長柄町《ながらまち》から南へ迂廻《うくわい》したことを聞いた。そして杣人足《そまにんそく》の一組に天神橋《てんじんばし》と難波橋《なんばばし[#「なんばばし」は底本では「なんぱばし」と誤記]》との橋板をこはせと言ひ付けた。
坂本の使
前へ
次へ
全63ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング