》の磔《はりつけ》になる所や、両組与力《りやうくみよりき》弓削新右衛門《ゆげしんゑもん》の切腹する所や、大勢《おほぜい》の坊主が珠数繋《じゆずつなぎ》にせられる所を幻《まぼろし》に見ることがあつたが、それは皆間もなく事実になつた。そして事実になるまで、己《おれ》の胸には一度も疑《うたがひ》が萌《きざ》さなかつた。今度はどうもあの時とは違ふ。それにあの時は己の意図が先《ま》づ恣《ほしいまゝ》に動いて、外界《げかい》の事柄がそれに附随して来た。今度の事になつてからは、己は準備をしてゐる間、何時《いつ》でも用に立てられる左券《さけん》を握つてゐるやうに思つて、それを慰藉《ゐしや》にした丈《だけ》で、動《やゝ》もすれば其準備を永く準備の儘《まゝ》で置きたいやうな気がした。けふまでに事柄の捗《はかど》つて来たのは、事柄其物が自然に捗《はかど》つて来たのだと云つても好い。己《おれ》が陰謀を推して進めたのではなくて、陰謀が己を拉《らつ》して走つたのだと云つても好い。一体|此《この》終局はどうなり行くだらう。平八郎はかう思ひ続けた。
平八郎が書斎で沈思してゐる間に、事柄は実際自然に捗《はかど》つて行く。屋敷中に立ち別れた与党の人々は、受持々々《うけもち/\》の為事《しごと》をする。時々書斎の入口まで来て、今宇津木を討《う》ち果《はた》したとか、今|奥庭《おくには》に積み上げた家財に火を掛けたとか、知らせるものがあるが、其度毎《そのたびごと》に平八郎は只《ただ》一目《ひとめ》そつちを見る丈《だけ》である。
さていよ/\勢揃《せいぞろひ》をすることになつた。場所は兼《かね》て東照宮の境内《けいだい》を使ふことにしてある。そこへ出る時人々は始て非常口の錠前《ぢやうまへ》の開《あ》いてゐたのを知つた。行列の真《ま》つ先《さき》に押し立てたのは救民と書いた四|半《はん》の旗《はた》である。次に中に天照皇大神宮《てんせうくわうだいじんぐう》、右に湯武両聖王《たうぶりやうせいわう》、左に八幡大菩薩《はちまんだいぼさつ》と書いた旗、五七の桐《きり》に二つ引《びき》の旗を立てゝ行く。次に木筒《きづゝ》が二|挺《ちやう》行く。次は大井と庄司とで各《おの/\》小筒《こづゝ》を持つ。次に格之助が着込野袴《きごみのばかま》で、白木綿《しろもめん》の鉢巻《はちまき》を締《し》めて行く。下辻村《しもつじむら
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