んだい》に出た年に雇つた妾《めかけ》、曾根崎新地《そねざきしんち》の茶屋大黒屋|和市《わいち》の娘ひろ、後の名ゆうが四十歳、七年前に格之助が十九歳で番代に出た時に雇つた妾、般若寺村《はんにやじむら》の庄屋橋本忠兵衛の娘みねが十七歳、平八郎が叔父宮脇|志摩《しま》の二女を五年前に養女にしたいくが九歳、大塩家にゐた女は此三人で、それに去年の暮にみねの生んだ弓太郎《ゆみたらう》を附け、女中りつを連れさせて、ゆうがためには義兄、みねがためには実父に当る般若寺村の橋本方へ立《た》ち退《の》かせたのである。
女子供がをらぬばかりでは無い。屋敷は近頃急に殺風景になつてゐる。それは兼《かね》て門人の籍にゐる兵庫|西出町《にしでまち》の柴屋長太夫《しばやちやうだいふ》、其外《そのほか》縁故のある商人に買つて納めさせ、又学生が失錯《しつさく》をする度《たび》に、科料の代《かはり》に父兄に買つて納めさせた書籍が、玄関から講堂、書斎へ掛けて、二三段に積んだ本箱の中にあつたのに、今月に入《い》つてからそれを悉《ことごと》く運び出させ、土蔵にあつた一切経《いつさいきやう》などをさへそれに加へて、書店|河内屋喜兵衛《かはちやきへゑ》、同|新次郎《しんじらう》、同|記一兵衛《きいちべゑ》、同|茂兵衛《もへゑ》の四人の手で銀に換へさせ、飢饉続きのために難儀《なんぎ》する人民に施《ほどこ》すのだと云つて、安堂寺町《あんだうじまち》五丁目の本屋会所《ほんやくわいしよ》で、親類や門下生に縁故のある凡《およそ》三十三町村のもの一万軒に、一|軒《けん》一|朱《しゆ》の割《わり》を以《もつ》て配つた。質素な家の唯一の装飾になつてゐた書籍が無くなつたので、家《うち》はがらんとしてしまつた。
今一つ此家の外貌が傷《きずつ》けられてゐるのは、職人を入れて兵器弾薬を製造させてゐるからである。町与力《まちよりき》は武芸を以て奉公してゐる上に、隠居平八郎は玉造組《たまつくりぐみ》与力|柴田勘兵衛《しばたかんべゑ》の門人で、佐分利流《さぶりりう》の槍《やり》を使ふ。当主格之助は同組同心故人|藤重孫三郎《ふぢしげまごさぶらう》の門人で、中島流の大筒《おほづゝ》を打つ。中にも砲術家は大筒をも貯《たくは》へ火薬をも製する習《ならひ》ではあるが、此家では夫《それ》が格別に盛《さかん》になつてゐる。去年九月の事であつた。平八郎は格
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