ら甘みがあるかというに、それもない。あのとき一時発現した力の感じ、発揚の心状は、すぐに迹《あと》もなく消え失せてしまって、この部屋に帰って、この机の前に据わってからは、何の積極的な感じもない。この体に大いなる生理的変動を生じたものとは思われない。尤も幾分かいつもより寂しいようには思う。しかしその寂しさはあの根岸の家に引き寄せられる寂しさではない。恋愛もなければ、係恋《あこがれ》もない。
一体こんな閲歴が生活であろうか。どうもそうは思われない。真の充実した生活では慥にない。
己には真の生活は出来ないのであろうか。己もデカダンスの沼に生えた、根のない浮草で、花は咲いても、夢のような蒼白い花に過ぎないのであろうか。
もう書く程の事もない。夜の明けないうちに少し寐ようか。しかし寐られれば好《い》いが。只この寐られそうにないのだけが、興奮の記念かも知れない。それともその余波さえ最早《もはや》消えてしまっていて、今寐られそうにないのは、長い間物を書いていたせいかも知れない。
十一
純一の根岸に行った翌日は、前日と同じような好《い》い天気であった。
純一はいつも随分夜をふかし
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