竄「返した。そうすると奥さんが、岡村は今年の夏万翠楼の襖《ふすま》や衝立《ついたて》を大抵かいてしまったのだと云った。それが又岡村との親しさを示すと同時に、岡村と奥さんとが夏も福住で一しょにいたのではないかと云う問題が、端なく純一の心に浮んだ。
 純一はそれを慥《たしか》めたいような心持がしたが、そんな問を発するのは、人に言いたくない事を言わせるに当るように思われるので、気を兼ねて詞をそらした。
「箱根は夏の方が好《い》いでしょうね」
「そうさ」と云って、岡村は無邪気に暫く考える様子であった。そして何か思い出したように、顴骨《かんこつ》の張った大きい顔に笑《えみ》を湛えて、詞を続《つ》いだ。「いや。夏が好くもないね。今時分は靄《もや》が一ぱい立ち籠《こ》めて、明りを覗《ねら》って虫が飛んで来て為様《しよう》がないからね。それ、あの兜虫《かぶとむし》のような奴さ。東京でも子供がかなぶんぶんと云って、掴《つか》まえておもちゃにするのだ。あいつが来るのだね」
 奥さんが傍《そば》から云った。「それは本当に大変でございますの。障子を締めると、飛んで来て、ばたばた紙にぶっ附かるでしょう。そしてお
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