に広い往来になっているからであろう。
 話はいつ極まるともなく極まったという工合である。一巡《ひとまわり》して来て、蹂口に据えてある、大きい鞍馬石《くらまいし》の上に立ち留まって、純一が「午《ひる》から越して来ても好《い》いのですか」と云うと、蹲の傍《そば》の苔《こけ》にまじっている、小さい草を撮《つま》んで抜いていた婆あさんが、「宜しいどころじゃあございません、この通りいつでもお住まいになるように、毎日掃除をしていますから」と云った。
 隣の植木屋との間は、低い竹垣になっていて、丁度純一の立っている向うの処に、花の散ってしまった萩《はぎ》がまん円《まる》に繁っている。その傍に二度咲のダアリアの赤に黄の雑《まじ》った花が十ばかり、高く首を擡《もた》げて咲いている。その花の上に青み掛かった日の光が一ぱいに差しているのを、純一が見るともなしに見ていると、萩の茂みを離れて、ダアリアの花の間へ、幅の広いクリイム色のリボンを掛けた束髪の娘の頭がひょいと出た。大きい目で純一をじいっと見ているので、純一もじいっと見ている。
 婆あさんは純一の視線を辿《たど》って娘の首を見着けて、「おやおや」と云った
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