一転して、丁度持て来た茶碗蒸しを箸《はし》で掘り返し始めた。
 この時|黒羽二重《くろはぶたえ》の五所紋《いつつもん》の羽織を着流した、ひどくにやけた男が、金鎖の前に来て杯を貰っている。二十代の驚くべく垢《あか》の抜けた男で、物を言う度に、薄化粧をしているらしい頬に、竪《たて》に三本ばかり深い皺が寄る。その物を言う声が、なんとも言えない、不自然な、きいきい云うような声である。Voix de fausset《ヴォア ド フォオセエ》である。
 左の手を畳に衝いて受けた杯に、おちゃらが酌をすると、「憚様《はばかりさま》」と挨拶をする。香油に光る髪が一握程、狭い額に垂れ掛かっている。
 金鎖がこんな事を云う。「こないだは内の子供等が有楽座へ見に行って、帰ってから君のお噂《うわさ》をしていましたよ。大相《たいそう》面白かったそうで」
「いえ未熟千万でございまして。しかしどうぞ御閑暇《ごかんか》の節に一度御見物を願いたいものでございます」
 純一は曽根の話に、新俳優が来ていると云ったことを思い出した。そして御苦労にもこの俳優の為めに前途を気遣った。俳優は種々な人物に扮《ふん》して、それぞれ自然ら
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