人のうちに、いろいろな階級、いろいろな職業の人があるのだから、何か書こうとしている純一が為めには、面白い観察をすることが出来るに違いないと云うのである。純一も別に明日《あす》何をしようという用事が極《き》まってもいなかったので、とうとう会釈負けをしてしまった。
 丁度瀬戸のいるところへ、植長の上《かみ》さんのお安《やす》というのが、亭主の誕生日なので拵《こしら》えたと云って赤飯を重箱に入れて、煮染《にしめ》を添えて持って来た。何も馳走がなかったのに、丁度|好《い》いというので、純一は茶碗や皿を持て来て貰うことにして、瀬戸に出すと、上さんは茶を入れてくれた。黒繻子《くろじゅす》の領《えり》の掛かったねんねこ絆纏《ばんてん》を着て、頭を櫛巻《くしまき》にした安の姿を、瀬戸は無遠慮に眺めて、「こんなお上さんの世話を焼いてくれる内があるなら、僕なんぞも借りたいものだ」と云った。「田舎者で一向届きませんが、母がまめに働くので、小泉さんのお世話は好くいたします」と謙遜《けんそん》する。
「なに、届かないものか。紺足袋を穿《は》いている処を見ても、稼人《かせぎにん》だということは分かる」と云う。

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