て土著《どちゃく》したのではなく、唯|稲葉《いなば》という家の門の片隅に空地《くうち》があったので、そこへ小家《こいえ》を建てて住んだのであった。さてこの家に住んでから、稲葉氏と親しく交わることになり、その勧奨に由《よ》って砂糖店をば開いたのである。また砂糖店を閉じた後《のち》に、長唄の師匠として自立するに至ったのも、同じ稲葉氏が援助したのである。
本所には三百石|取《どり》以上の旗本で、稲葉氏を称したものが四軒ばかりあったから、親しくその子孫について質《ただ》さなくては、どの家かわからぬが、陸を庇護《ひご》した稲葉氏には、当時四十何歳の未亡人の下《もと》に、一旦人に嫁して帰った家附《いえつき》の女《むすめ》で四十歳位のが一人、松さん、駒《こま》さんの兄弟があった。この松さんは今|千秋《せんしゅう》と号して書家になっているそうである。
陸が小家に移った当座、稲葉氏の母と娘とは、湯屋に往くにも陸をさそって往き、母が背中を洗って遣《や》れば、娘が手を洗って遣るというようにした。髪をも二人で毎日種々の髷《まげ》に結《ゆ》って遣った。
さて稲葉の未亡人のいうには、若いものが坐食していては
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