ある。
保は下宿屋住いの諸生、脩は廃藩と同時に横川邸の番人を罷《や》められて、これも一戸を構えているというだけでやはり諸生であるのに、独り優が官吏であって、しかも此《かく》の如く応分の権勢をさえ有している。そこで優は母に勧めて、浦和の家に迎えようとした。
「保が卒業して渋江の家を立てるまで、せめて四、五年の間、わたくしの所に来ていて下さい」といったのである。
しかし五百は応ぜなかった。「わたしも年は寄ったが、幸に無病だから、浦和に往って楽をしなくても好《い》い。それよりは学校に通う保の留守居でもしましょう」といったのである。
優はなお勧めて已《や》まなかった。そこへ一粒金丹《いちりゅうきんたん》のやや大きい注文が来た。福山、久留米《くるめ》の二カ所から来たのである。金丹を調製することは、始終五百が自らこれに任じていたので、この度もまた直《すぐ》に調合に着手した。優は一旦《いったん》浦和へ帰った。
八月十九日に優は再び浦和から出て来た。そして母に言うには、必ずしも浦和へ移らなくても好《い》いから、とにかく見物がてら泊りに来てもらいたいというのであった。そこで二十日に五百は水木《み
前へ
次へ
全446ページ中357ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング