じたいといって持って来た。優善は「己《おれ》は賄賂《わいろ》は取らぬぞ」といって却《しりぞ》けた。
 戸長は当惑顔をしていった。「どうもこの野菜をこのまま持って帰っては、村の人民どもに対して、わたくしの面目《めんぼく》が立ちませぬ。」
「そんなら買って遣ろう」と、優善がいった。
 戸長はようよう天保銭一枚を受け取って、野菜を車から卸させて帰った。
 優善は廉《やす》い野菜を買ったからといって、県令以下の職員に分配した。
 県令は野村盛秀《のむらもりひで》であったが、野菜を貰《もら》うと同時にこの顛末《てんまつ》を聞いて、「矢島さんの流義は面白い」といって褒《ほ》めたそうである。野村は初め宗七《そうしち》と称した。薩摩の士で、浦和県が埼玉県となった時、日田《ひた》県知事から転じて埼玉県知事に任ぜられた。間島冬道は去って名古屋県に赴いて、参事の職に就いたが、後明治二十三年九月三十日に御歌所寄人《おんうたどころよりうど》を以て終った。また野村は後《のち》明治六年五月二十一日にこの職にいて歿したので、長門《ながと》の士参事|白根多助《しらねたすけ》が一時県務を摂行《せっこう》した。

   そ
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