「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭《たきさいてい》が本所緑町の別荘である。※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭は毎月《まいげつ》一、二次、抽斎、枳園、柏軒、舟庵、海保漁村らを此《ここ》に集《つど》えた。諸子は環坐して古本《こほん》を披閲し、これが論定をなした。会の後《のち》には宴を開いた。さて二州橋上酔《にしゅうきょうじょうえい》に乗じて月を踏み、詩を詠じて帰ったというのである。同じ書に、※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭がこの年安政二年より一年の後に書いた跋があって、諸子※[#「「褒」の「保」に代えて「臼」」、第4水準2−88−19]録《ほうろく》惟《こ》れ勤め、各部|頓《とみ》に成るといってあるのを見れば、論定に継ぐに編述を以てしたのも、また当時の事であったと見える。
わたくしはこの年の地震の事を語るに先《さきだ》って、台所町の渋江の家に座敷牢《ざしきろう》があったということに説き及ぼすのを悲《かなし》む。これは二階の一室《いっしつ》を繞《めぐら》すに四目格子《よつめごうし》を以てしたもので、地震の日には工事既
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