つた。
「さうかい」と学士は云つて、何か跡を言ひさうにした。
「悪い事なんぞをする筈がないのですからね」と、患者は相手の詞を遮るやうに云ひ足した。
「考へて御覧なさい。なぜわたくしが人に悪い事なんぞをしますでせう。手も当てる筈がないのです。食人人種ではあるまいし。ヨハン・レエマン先生ではあるまいし。当り前の人間でさあ。先生にだつて分かるでせう。わたくし位に教育を受けてゐると、殺人とか、盗賊とかいふやうなことは思つたばかりで胸が悪くなりまさあ。」
「併しお前は病気だからな。」
患者は体をあちこちもぢもぢさせて、劇《はげ》しく首を掉《ふ》つた。「やれやれ。わたくしが病気ですつて。わたくしはあなたに対して、わたくしが健康だといふことを証明しようとは致しますまい。なんと云つた所で、御信用はなさるまいから。併しどこが病気だと仰やるのです。いやはや。」
「どうもお前は健康だとは云はれないて」と、学士は用心して、しかもきつぱりと云つた。
「なぜ健康でないのです」と、患者は詞短かに云つた。「どこも痛くも苦しくもありませんし、気分は人並より好いのですし、殊にこの頃になつてからさうなのですからね。ははは
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