が萌《も》えるころになった。あすからは外の為事が始まるという日に、二郎が邸を見廻るついでに、三の木戸の小屋に来た。「どうじゃな。あす為事に出られるかな。大勢の人のうちには病気でおるものもある。奴頭の話を聞いたばかりではわからぬから、きょうは小屋小屋を皆見て廻ったのじゃ」
藁を擣っていた厨子王が返事をしようとして、まだ詞を出さぬ間に、このごろの様子にも似ず、安寿が糸を紡ぐ手を止めて、つと二郎の前に進み出た。「それについてお願いがございます。わたくしは弟と同じ所で為事がいたしとうございます。どうか一しょに山へやって下さるように、お取り計らいなすって下さいまし」蒼ざめた顔に紅《くれない》がさして、目がかがやいている。
厨子王は姉の様子が二度目に変ったらしく見えるのに驚き、また自分になんの相談もせずにいて、突然柴苅りに往きたいと言うのをも訝《いぶか》しがって、ただ目をみはって姉をまもっている。
二郎は物を言わずに、安寿の様子をじっと見ている。安寿は「ほかにない、ただ一つのお願いでございます、どうぞ山へおやりなすって」と繰り返して言っている。
しばらくして二郎は口を開いた「この邸では奴婢《ぬひ》のなにがしになんの為事をさせるということは、重いことにしてあって、父がみずからきめる。しかし垣衣《しのぶぐさ》、お前の願いはよくよく思い込んでのことと見える。わしが受け合って取りなして、きっと山へ往かれるようにしてやる。安心しているがいい。まあ、二人のおさないものが無事に冬を過してよかった」こう言って小屋を出た。
厨子王は杵《きね》を置いて姉のそばに寄った。「姉えさん。どうしたのです。それはあなたが一しょに山へ来て下さるのは、わたしも嬉しいが、なぜ出し抜けに頼んだのです。なぜわたしに相談しません」
姉の顔は喜びにかがやいている。「ほんにそうお思いのはもっともだが、わたしだってあの人の顔を見るまで、頼もうとは思っていなかったの。ふいと思いついたのだもの」
「そうですか。変ですなあ」厨子王は珍らしい物を見るように姉の顔を眺めている。
奴頭が籠と鎌とを持ってはいって来た。「垣衣《しのぶぐさ》さん。お前に汐汲みをよさせて、柴を苅りにやるのだそうで、わしは道具を持って来た。代りに桶と杓《ひさご》をもらって往こう」
「これはどうもお手数《てかず》でございました」安寿は身軽に立って、桶
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