ものは皆馬鹿だと思つてゐる。軍人も皆馬鹿だと思つてゐる。そこでそんな人物の前では気の詰まるといふ心持がないからである。
「今君は何をさう念入りに考へてゐたのだね」と、医学士は云つて、腹の中では、こん度もきつと丁寧な、恭《うや/\》しい返辞をするだらうと予期してゐた。言つて見れば、「いゝえ、別になんにも考へてはゐませんでした」なんぞと云ふだらうと思つたのである。
ところが、見習士官はぢつと首をうな垂れた儘にしてゐて、「死の事ですよ」と云つた。
ソロドフニコフはも少しで吹き出す所であつた。此男の白つぽい顔や黄いろい髪と、死だのなんのと云ふ、深刻な、偉大な思想とは、奈何《いか》にも不吊合に感ぜられたからである。
意外だと云ふ風に笑つて、学士は問ひ返した。「妙ですねえ。どうしてそんな陰気な事を考へてゐるのです。」
「誰だつて死の事は考へて見なくてはならないわけです。」
「そして重い罪障を消滅する為めに、難行苦行をしなくてはならないわけですかね」と、ソロドフニコフは揶揄《からか》つた。
「いゝえ、単に死の事丈を考へなくてはならないのです」と、ゴロロボフは落ち着いて、慇懃な調子で繰り返した。
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