や業務と、丸で不吊合だと感ぜられたのである。
卓の上には清潔な巾《きれ》が掛けて、その上にサモワルといふ茶道具が火に掛けずに置いてある。その外、砂糖を挾む小さい鉗子《かんし》が一つ、茶を飲む時に使ふ匙が二三本、果物の砂糖漬を入れた硝子《ガラス》壺が一つ置いてある。寝台の上には明るい色の巾が掛けてある。枕は白い巾に縫ひ入れのあるのである。何もかもひどく清潔で、きちんとしてある。その為めに却つて室内が寒さうに、不景気に見えてゐる。
「お茶を上げませうか」と、見習士官が云つた。
ソロドフニコフは茶が飲みたくもなんともないから、も少しで断るところであつた。併し茶でも出させなくては、為草《しぐさ》も言草もあるまいと思ひ返して、「どうぞ」と云つた。
ゴロロボフは茶碗と茶托とを丁寧に洗つて拭いて、茶を注いだ。
「甚だ薄い茶で、お気の毒ですが」と云つて、学士に茶を出して、砂糖漬の果物の壺を押し遣つた。
「なに、構ふもんですか」と、ソロドフニコフは口で返事をしながら、腹の中では、「そんな事なら、なんだつて己をここへ連れ込んだのだ」と思つた。
見習士官は両足を椅子の脚の背後《うしろ》にからんで腰を
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