たらたらと落ちた。背後《うしろ》から一刀浴せられたのである。
夜具葛籠の前に置いてあった脇差《わきざし》を、手探りに取ろうとする所へ、もう二の太刀《たち》を打ち卸して来る。無意識に右の手を挙げて受ける。手首がばったり切り落された。起ち上がって、左の手でむなぐらに掴《つか》み着いた。
相手は存外|卑怯《ひきょう》な奴《やつ》であった。むなぐらを振り放し科《しな》に、持っていた白刃《しらは》を三右衛門に投げ付けて、廊下へ逃げ出した。
三右衛門は思慮の遑《いとま》もなく跡を追った。中の口まで出たが、もう相手の行方《ゆくえ》が知れない。痛手を負った老人の足は、壮年の癖者《くせもの》に及ばなかったのである。
三右衛門は灼《や》けるような痛《いたみ》を頭と手とに覚えて、眩暈《めまい》が萌《きざ》して来た。それでも自分で自分を励まして、金部屋《かねべや》へ引き返して、何より先に金箱の錠前を改めた。なんの異状もない。「先ず好かった」と思った時、眩暈が強く起こったので、左の手で夜具葛籠を引き寄せて、それに靠《よ》り掛かった。そして深い緩《ゆる》い息を衝《つ》いていた。
物音を聞き附けて、最初に駆け附けたのは、泊番の徒目附《かちめつけ》であった。次いで目附が来る。大目附が来る。本締《もとじめ》が来る。医師を呼びに遣《や》る。三右衛門の妻子のいる蠣殻町《かきがらちょう》の中邸《なかやしき》へ使が走って行く。
三右衛門は精神が慥《たしか》で、役人等に問われて、はっきりした返事をした。自分には意趣遺恨を受ける覚《おぼえ》は無い。白紙の手紙を持って来て切って掛かった男は、顔を知って名を知らぬ表小使である。多分金銀に望《のぞみ》を繋《か》けたものであろう。家督相続の事を宜《よろ》しく頼む。敵《かたき》を討ってくれるように、伜に言って貰《もら》いたいと云うのである。その間三右衛門は「残念だ、残念だ」と度々《たびたび》繰り返して云った。
現場《げんば》に落ちていた刀は、二三日前作事の方に勤めていた五瀬某が、詰所《つめしょ》に掛けて置いたのを盗まれた品であった。門番を調べてみれば、卯刻《うのこく》過に表小使|亀蔵《かめぞう》と云うものが、急用のお使だと云って通用門を出たと云うことである。亀蔵は神田久右衛門町《かんだきゅうえもんちょう》代地の仲間口入宿《ちゅうげんくちいれやど》富士屋治三
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