で、おろそかにはしない。道翹《だうげう》と云《い》ふ僧《そう》が出迎《でむか》へて、閭《りよ》を客間《きやくま》に案内《あんない》した。さて茶菓《ちやくわ》の饗應《きやうおう》が濟《す》むと、閭《りよ》が問《と》うた。「當寺《たうじ》に豐干《ぶかん》と云《い》ふ僧《そう》がをられましたか。」
 道翹《だうげう》が答《こた》へた。「豐干《ぶかん》と仰《おつし》やいますか。それは先頃《さきころ》まで、本堂《ほんだう》の背後《うしろ》の僧院《そうゐん》にをられましたが、行脚《あんぎや》に出《で》られた切《きり》、歸《かへ》られませぬ。」
「當寺《たうじ》ではどう云《い》ふ事《こと》をしてをられましたか。」
「さやうでございます。僧共《そうども》の食《た》べる米《こめ》を舂《つ》いてをられました。」
「はあ。そして何《なに》か外《ほか》の僧達《そうたち》と變《かは》つたことはなかつたのですか。」
「いえ。それがございましたので、初《はじ》め只《たゞ》骨惜《ほねをし》みをしない、親切《しんせつ》な同宿《どうしゆく》だと存《ぞん》じてゐました豐干《ぶかん》さんを、わたくし共《ども》が大切《たいせつ
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