んの事《こと》を話《はな》した。宮崎《みやざき》さんはメツシアスだと自分《じぶん》で云《い》つてゐて、又《また》其《その》メツシアスを拜《をが》みに往《ゆ》く人《ひと》もあるからである。これは現在《げんざい》にある例《れい》で説明《せつめい》したら、幾《いく》らかわかり易《やす》からうと思《おも》つたからである。
しかし此《この》説明《せつめい》は功《こう》を奏《そう》せなかつた。子供《こども》には昔《むかし》の寒山《かんざん》が文殊《もんじゆ》であつたのがわからぬと同《おな》じく、今《いま》の宮崎《みやざき》さんがメツシアスであるのがわからなかつた。私《わたくし》は一《ひと》つの關《せき》を踰《こ》えて、又《また》一《ひと》つの關《せき》に出逢《であ》つたやうに思《おも》つた。そしてとう/\かう云《い》つた。
「實《じつ》はパパアも文殊《もんじゆ》なのだが、まだ誰《たれ》も拜《をが》みに來《こ》ないのだよ。」
底本:「鴎外全集 第十六卷」岩波書店
1973(昭和48)年2月22日発行
※底本では「寒山拾得」「附寒山拾得縁起」と「附」付きでまとめてあったものを、「寒山拾得」「寒山拾得縁起」として分割しました。
入力:青空文庫
1997年10月8日公開
2004年3月24日修正
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