と覚しく、手にて皺《しわ》を熨《の》すように撫《な》で、埃《ほこり》を払うように叩《たた》きつつ、寝間の戸を開けて登場。斯《か》く服をいじりて窓の処まで行《ゆ》き暫《しばら》く外を見て、急に向き返り、部屋の内を、何か探すように、歩き廻《まわ》る。さて絵具入の箪笥の上の鏡を見出《みいだ》し、それに向きてネクタイを直さんとし、鏡に五味のかかりいるを見て、じれったげに体を動かし、ハンケチを見出し鏡を拭《ふ》き、そのハンケチを椅子の上に投ぐ。さて鏡を手に取り、ネクタイを直す。
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画家。これで好《い》い。(安心したるらしき様子にて二三歩窓の方に行《ゆ》き、懐中時計を見る。)なんだ。まだ三時だ。大分《だいぶ》時間があるな。(絵具入の箪笥の処に立戻る。この箪笥は高机《たかづくえ》の半分位の高さになりおる。その上にある紙巻莨の箱を手に取り、小言のように。)五味だらけだ。何を取って見ても五味だらけだ。(紙巻を一本取る。○戸を叩く音す。何《な》んとも思わぬ様子にて。)お這入《はい》んなさい。(マッチを探す。ようようマッチの箱を見出し、マ
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