書後のようなものを添えて読者に紹介せられた。その語中にこの森というものは鴎外漁史《おうがいぎょし》だとことわってあった。予は当時これを読んで不思議な感を作《な》した。この鴎外漁史と云う称《となえ》は、予の久しく自ら署したことのないところのものである。これを聞けば、ほとんど別人の名を聞くが如く、しかもその別人は同世の人のようではなくて、却《かえ》って隔世の人のようである。明治の時代中ある短日月の間、文章と云えば、作に露伴紅葉四迷|篁村《こうそん》緑雨美妙等があって、評に逍遥《しょうよう》鴎外があるなどと云ったことがある。これは筆を執る人の間で唱えたのであるが、世間のものもそれに応じて、漫《みだ》りに予を諸才子の中に算えるようになって居た。姑《しばら》く今数えた人の上だけを言って見ように、いずれも皆文を以て業として居る人々であって、僅《わずか》に四迷が官吏になって居り、逍遥が学校の教員をして居る位が格外であった。独り予は医者で、しかも軍医である。そこで世間で我虚名を伝うると与《とも》に、門外の見は作と評との別をさえ模糊《もこ》たらしめて、他《かれ》は小説家だということになった。何故に予は小
前へ
次へ
全16ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング