んだ。水兵は探索の手掛かりを得たやうに思つた。エドガア・アラン・ポオの小説にリユウ・マルグの二人殺《ににんころ》しと云ふのがあつて、その主人公は猩々である。さうして見れば軍艦の猿だつて窃盗をしないには限らない。丁度探偵が嫌疑者を監視するやうに、水兵は軍艦の猿を監視し始めた。
 二三日立つて、水兵は石炭庫に天鵞絨《びろうど》の小さいエツヰのあるのを見出した。それが石炭の中に埋めてあつたのである。誰がこんな事をしたのだらう。どうも猿らしい。
 水兵は忽ち工夫して、猿の腕首を掴んで、エツヰのあつた所へ連れて行かうとした。ところが石炭庫が近くなればなる程、猿が震え出した。丁度犬が自分の糞をした所へ連れて行かれるのを嫌ふやうに、軍艦の猿は石炭庫へ行く事を嫌つた。とう/\庫《くら》に来て、水兵がエツヰを見出したところを猿に指さして見せると、猿の黒い目に恐怖の色が現はれた。そして猿は祈祷をするやうに両手を合せた。
 それから水兵は虚《から》のエツヰを出して猿に見せて、指に指輪を嵌めたり抜いたりする真似をして見せた。猿はそれを見てゐたが、暫くして意外な事をし始めた。猿は指の爪で不細工に石炭の中を掻き捜し始めた。間もなく石炭の中から、金剛石が出て来た。※[#「貝+藏」、126−上−13]品の金剛石である。
 そこで水兵は艦長の前へ出た。「艦長殿。盗坊《どろばう》が分かりました。これが宝石で、これがそれを盗んだ奴であります。」
 猿はこの詞が分かつたらしい様子をしてゐた。分からぬまでも、この場で何事が訴へられ、又聞き取られてゐると云ふことを悟つてゐたに違ひない。猿は途方に暮た様子で頭を低《た》れて視線を船の甲板の上に落してゐて、艦長の顔を一目も仰ぎ見る事が出来なかつた。
「さうか。この役に立たず奴をどう処分して遣つたものだらうかなあ」と、艦長が云つた。
 評議の結果、猿を取調べて、いよ/\有罪と極まつたら、窃盗をした水兵と同じ刑罰に処するが好からうと云ふ事になつた。航海は退屈なものだから、何か慰みになるやうな事があると、誰でもその機会を捕へようとするのである。取調べは一種の軍法会議を組織して行ふことになつた。猿の辯護をする役人も出来た。そこで中世風の裁判をして、刑罰に処するか放免するかになるのである。
 水兵仲間の一人は、この様子を見てゐて、忽然《こつぜん》一種の疑念を生じて、猿を連れ
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