いた時と三たび京水を説く時との間に、図《はか》らずも京水の後裔と相見た。
わたくしの錦橋の死を記した文が新聞に連載せられてゐた頃の事である。当時品川に住んでゐて、町役場に出入《いでいり》する一知人がわたくしに書を寄せた。「高著伊沢蘭軒新聞にて拝読致居候処、痘科池田京水と申者の事蹟に御不審の箇条有之候と相見え候。然るに貴説に右京水の一子と相成居候全安の名、当町役場の書類中に有之候。但し此池田全安は現存者にして或は時代相違ならむかとも被存、若し同名異人なるときは、無用の穿鑿に可有之候へ共、兎も角も左に宿所姓名抄出、御一報申上候。」此書の末に「南品川猟師町三十九番地池田全安」と低書《ていしよ》してあつた。わたくしは此に書を裁した知人の名を公《おほやけ》にする必要を認めない。わたくしは永く其人がわたくしの研究上頗る重大なる資料を得る媒《なかだち》をなしたことを忘れぬであらう。
わたくしは直に池田全安と云ふ人を訪ふことに決意して、先づ書を贈つて先方の都合を問ひ合せた。然るに全安さんは書を以て答へずに、自らわたくしの家にたづねて来た。
その二百十九
一知人がわたくしに品川に池田全安と云ふ人のあることを報じた。それは池田京水の子と名を同じうしてゐるが故であつた。わたくしは其人を訪はむと欲して書を寄せた。そして其人の忽ち刺を通ずるに会つた。
わたくしは伊沢分家の語る所を聞いて、全安が嘉永二年に二十余歳で婿入をしたことを知つてゐた。若し客が其人だとすると、九十歳前後になつてゐなくてはならない。此の如き長寿の人も固より絶無では無い。しかし容易に未知の人を訪問しはせぬであらう。
又客が若し池田京水の族人でなかつたら、わたくしの書を得て、わたくしを見ようとはせぬであらう。
推するに客は京水の子全安の名を襲《つ》いだものではなからうか。わたくしは咄嗟の間に此の如く思量した。そして客を引見した。
座に入り来つたのは、洋服を著た偉丈夫である。躯幹《くかん》長大にして、筋骨が逞しい。打見るところは、僅に四十歳を踰《こ》えたかとおもはれる。
わたくしは此方《こなた》より訪ふべき人に訪はれたのであるから、先づ其|枉顧《わうこ》の好意を謝した。そして京水との親属関係を問うた。
「京水はわたくしの祖父でございます」と客は答へた。
「さやうでしたか。それではあなたは御尊父様のお名をお襲ぎなさいましたのですね。失礼ながら御実子でお出なさいますか。」
「いゝえ、わたくしは加賀の金沢のもので、池田家へ養子に参つたのです。」
「御尊父様は。」
「父は明治十四年に亡くなりました。」
わたくしの推測は偶中した。客は京水の孫であつた。京水の子全安に養はれて、其名を襲いだものであつた。
わたくしは客に池田京水に関する研究の経過を告げた。向島嶺松寺にあつた京水の墓は、曾て富士川游さんが往弔《わうてう》したのに、寺が廃せられて、他の池田氏の諸墓と共に踪跡《そうせき》を失した事、諸墓の中池田宗家に係る錦橋以下数人の墓石は、其末裔鑑三郎さんに由つて処分せられ、其|法諡《はふし》は一石に併せ刻せられて、現に上野共同墓地に存する事、然るに分家の一なる京水の一族の墓は其なりゆきを知ることを得なかつた事等である。
わたくしは江戸|黄檗禅刹記《わうばくぜんさつき》の事をも客に告げた。禅刹記に嶺松寺を載せ、併て池田氏の墓に及んでゐることは、人あつてわたくしに教へた。その錦橋の墓誌を録してゐることは推知せられる。しかし京水の墓誌は有らうか無からうか。わたくしは前《さき》に再び池田氏の事を説いた時、疑を存して置いた。後渋江保さんは上野図書館を訪ふ序に、わたくしのために禅刹記を閲《けみ》してくれた。錦橋の墓誌は収められてゐて、京水のものは収められてゐなかつたのである。わたくしは客に此憾をも語つた。
その二百二十
わたくしは池田京水の孫全安さんを引見して、先づわたくしの京水の事蹟を探討した経過を語つた。わたくしの談は探墓談であつた。是はわたくしが京水墓誌の全文と其撰者とを知らむことを欲した故である。
京水の孫全安即二世全安は、わたくしに向島嶺松寺にあつた池田分家の諸墓のなりゆきを告げた。わたくしは京水の子と孫とが同名なるを以て、以下彼を初代全安と書し、此を二世全安と書して識別し易からしむることとする。
池田分家は宗家即錦橋の家にあつて廃嫡せられた京水に由つて創立せられた。京水の後は嫡男|瑞長直頼《ずゐちやうちよくらい》が襲《つ》いだ。瑞長の弟初代全安は一たび伊沢分家に婿入して離縁せられ、後更に分立して一家を成した。伊沢氏の例に倣《なら》つて言へば、初代全安の家は「又分家」である。今二世全安のわたくしに告げた所の諸墓のなりゆきは、此分家と又分家との諸墓のなり
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