の指で、そこらぢゆうの物に障《さは》る。音楽が清く優しく、一間の内に漂うてゐる。その一つ一つの音《おん》は、空の遠い星の輝きのやうである。柱の上に据ゑてある時計が、羊の啼くやうな声で、ゆつくり十二打つて、もう夜なかだといふ事が分かつて、女はやつと思ひ切つて帰るのである。
 別れの接吻の、甘く哀しい味を覚えながら、女は広い、ふわりとした外套をはおつて、急ぎ足に帰つて行く。いつもこんなに遅くまでゐる筈ではなかつたがと後悔する。なぜといふに、遅くなつて急いで帰る時は、自分の台の処まで行くのに、狭い横町を通り抜けなくてはならない。そこには厭な、醜い人形がゐる。それは支那人である。鈴の沢山附いた帽子を被つて、ふくらんだ腹を突き出して、胡坐《あぐら》を掻いてゐる。そいつがクサンチスの前を通るのを見ると、首をぶら/\振つて、長い真つ赤な舌を出して、微なごろごろいふやうな笑声を洩すのである。この支那人はパゴオドといつて、その首は胴と離れて、ぶら/\動くやうに出来てゐる。女はその笑声を聞くたびに、我慢のし切れない程厭になる。それかと思ふと、或る時はその支那人の変な顔をするのを見て、吹き出したくなるのを我
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