の交はかかる所にて求むべしといわばわれ又何をかいわん。停車場は蘆葦人長《ろいじんちょう》の中に立てり。車のいずるにつれて、蘆《あし》の葉《は》まばらになりて桔梗《ききょう》の紫なる、女郎花《おみなえし》の黄なる、芒花《おばな》の赤き、まだ深き霧の中に見ゆ。蝶《ちょう》一つ二つ翅《つばさ》重《おも》げに飛べり。車漸く進みゆくに霧晴る。夕日《ゆうひ》木梢《こずえ》に残りて、またここかしこなる断崖《だんがい》の白き処を照せり。忽|虹《にじ》一道《いちどう》ありて、近き山の麓より立てり。幅きわめて広く、山麓《さんろく》の人家三つ四つが程を占めたり。火点《ひとも》しごろ過ぎて上田《うえだ》に着き、上村に宿る。
 十八日、上田を発す。汽車《きしゃ》の中等室にて英吉利婦人に逢《あ》う。「カバン」の中より英文の道中記《どうちゅうき》取出して読み、眼鏡《めがね》かけて車窓の外の山を望《のぞ》み居たりしが、記中には此山三千尺とあり、見る所はあまりに低《ひく》しなどいう。実に英吉利人はいずくに来ても英吉利人なりと打笑《うちわら》いぬ。長野にて車を下り、人力車|雇《やと》いて須坂に来ぬ。この間に信濃川にかけたる舟橋《ふなばし》あり。水清く底見えたり。浅瀬《あさせ》の波|舳《へ》に触《ふ》れて底なる石の相磨して声するようなり。道の傍には細流ありて、岸辺の蘆には皷子花《ひるがお》からみつきたるが、時得顔《ときえがお》にさきたり。その蔭には繊《ほそ》き腹濃きみどりいろにて羽|漆《うるし》の如き蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《とんぼう》あまた飛びめぐりたるを見る。須坂にて昼餉《ひるげ》食べて、乗りきたりし車を山田まで継《つ》がせんとせしに、辞《いな》みていう、これよりは路《みち》嶮《けわ》しく、牛馬ならでは通《かよ》いがたし。偶※[#二の字点、1−2−22]牛|挽《ひ》きて山田へ帰る翁ありて、牛の背《せな》借さんという。これに騎《の》りて須坂を出ず。足指漸く仰《あお》ぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。ところどころに清泉|迸《ほとばし》りいでて、野生の撫子《なでしこ》いと麗《うるわ》しく咲きたり。その外、都にて園に植うる滝菜《たきな》、水引草《みづひきそう》など皆野生す。しょうりょうという褐色《かっしょく》の蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]あり、群をなして飛べり。日《ひ
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