ヘ大抵戸を締めて、ひっそりしています。まあ、クリスマスにお祭らしい事はしてしまって、新年の方はお留守になっているようなわけです」と云う。「でもお上《かみ》のお儀式はあるだろうね。」「それはございますそうです。拝賀が午後二時だとか云うことでした。」こんな風に、何事につけても人が問えば、ヨオロッパの話もするが、自分から進んで話すことはない。
 二三月の一番寒い頃も過ぎた。お母あ様が「向うはこんな事ではあるまいね」と尋ねて見た。「それはグラットアイスと云って、寒い盛りに一寸《ちょっと》温かい晩があって、積った雪が上融《うわどけ》をして、それが朝氷っていることがあります。木の枝は硝子《ガラス》で包んだようになっています。ベルリンのウンテル・デン・リンデンと云う大通りの人道が、少し凸凹《でこぼこ》のある鏡のようになっていて、滑って歩くことが出来ないので、人足が沙《すな》を入れた籠《かご》を腋《わき》に抱えて、蒔《ま》いて歩いています。そう云う時が一番寒いのですが、それでもロシアのように、町を歩いていて鼻が腐るような事はありません。煖炉のない家もないし、毛皮を著ない人もない位ですから、寒さが体には
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