い方の半分が重点を岩端を外れて外に落してゐる。つる/\滑りさうな岩の縁《へり》に両肘を突いてゐるので、その男の体は落ちないでゐるのである。
その小さい岩端といふのは、嶮しい、鉛直に立つてゐる岩である。その岩は黒く光る柘榴石《ざくろせき》である。それが底の方に幾つともなく簇《むら》がつてゐる岩の群を抜いて、大約一万五千|呎《フイイト》乃至一万六千呎位真直に立つてゐるのである。僕なんぞは誰がなんと云つても、その縁から一二尺位な所まで体を覗けることは出来ないのである。連の男の危ない所にゐるのが気になつて、自分までが危なく思はれるので、僕は土の上に腹這ひになつて、そこに生えてゐる灌木を掴んでゐた。下を見下すどころではない。上を向いて空を見るのも厭である。どうも暴風《あらし》が吹いて来てこの山の根の方を崩してしまひはすまいかと思はれてならない。僕はさういふ想像を抑制することを力《つと》めてゐるのに、又してもその想像が起つてならない。自分で自分の理性に訴へて、自分で自分の勇気を鼓舞して、そこに坐つて遠方を見ることが出来るやうになるまでには余程時間が掛かつた。
僕を連れて来た男がかう云つた。
「なんでも危ないといふやうな心持を無くしておしまひなさらなくてはいけません。わたくしの只今申したやうに、不思議な目に逢つた場所を、あなたが成るたけ好く一目にお見渡しなさることが出来るやうにと思ひまして、わたくしはこゝへあなたを御案内して参つたのでございます。あなたの現場を一目に見渡していらつしやる前で、わたくしはあなたに委《くは》しいお話を致さうと思つて、こゝへ御案内いたしたのでございます。」
この男は廻り遠い物の言ひやうをする男である。暫くしてこんな風に話し続けた。
「あなたとわたくしとは只今|諾威《ノルエイ》の国境《くにざかひ》にゐるのでございます。北緯六十八度でございます。県の名はノルドランドと申します。郡はロフオツデンと申しまして陰気な土地でございます。あなたとわたくしとの登つてゐる巓《いたゞき》はヘルセツゲンといふ山の巓でございます。雲隠山《くもがくれやま》といふ仇名が付いてゐます。ちよつと伸び上がつて御覧なさいまし。若し眩暈《めまひ》がなさいますやうなら、そこの草にしつかりつかまつて伸び上がつて御覧なさいまし。それで宜しうございます。この直《ぢ》き下の所には、帯のやうな靄が
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