集まった金は一銭の剰余も不足もなく金ピカの大礼服及び付属品|一切《いっさい》代として決算せられたのである。柳原ものではあるまいかと思われるような上下色沢の不揃いな金モール服が何と六百何円――貧乏村の校長氏の高等官七等の栄誉を飾るためにこの瘤村長は通学児童の筆墨代をせしめ[#「せしめ」に傍点]たのである。)これにつづいて学校新築の問題が表面化した。増築案は前村長時代から持ち越されていたものだが、それさえ行き悩みつつあったのに、今度はさらに何万かを加算しての新築案。
「また葭簀の壁の学校こしらえて一と儲けする気か知れねえが、もうみんな、黙っちゃいめえで……」
 村民は依然として蔭では言うものの、公然とこの案に対して無謀を叫ぶものもなかったのである。いや、大いにやってもらって、教育上、ないし児童の保健上、現在のような雨漏り吹き通しの校舎はよろしくない――立派な鉄筋コンクリート二階建の校舎を近村に誇ろうではないかというようなのが、村当局一般の意向でさえあるらしかった。

 さて、田辺定雄が鮮満地方の放浪生活を切り上げて村へ帰ったのは、村の事態が以上のような進行をしている最中だったのである。くわ
前へ 次へ
全44ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
犬田 卯 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング