に堪え得ず」ということではあったのだが。
 辞職後はF町裏に囲ってあった第二号も「解職」したということであったし、第一、ご自身が酒からの動脈硬化で全く「再任には堪え得なかった」であろうが、しかしそれも大したこともなくやがて回復し、旺盛な彼の生活は依然として、それからもつづけられたのだ。ところが、何をいうにももはや金の流入する道が、小さいのはとにかくとして、めぼしいのは一つ一つ塞がれた形で……。消防組頭、郡農会長、村農会長……それだけでは三人の子供ら――長男は賭博の常習犯、次男は軟派の不良、三男は肺結核――の小遣銭まではとて[#「とて」に傍点]も廻らない。かと言ってこの村農会長様は会費の徴集には特殊の手腕を発揮するが、苗一株植えるすべ[#「すべ」に傍点]は知らないのである。まさか[#「まさか」に傍点]とは思われるが、「食えないから、いよいよ、村長にでもならなけりゃ」と子分の村議の前で放言したのがきっかけで、中地村長の香料を浮かすために、二年間村長を置かぬという村の方針にも拘らず、再選の問題が否応なしに持上ったのだとのこと、表沙汰は、「この非常時に際して、いかになんでも村長がいなくては……」という事だったが。
 おりから二・二六事件で、世は騒然たるものがあり、また村から大量の賭博犯人があがる、村議のうち中地派だった一人の長老が引退し、津本派が五名……といったようなことで、かくしてここに再度、村へは瘤がくっついた次第なのだ……

     二

 蔭ではいきり立ったが、さて、正面きって堂々と、それでは、これをどうしようと言うものも村民の中からは出て来なかった。それには深いいわれがなくもない。と言うのは、まず八名の村議のうち例の五名までが瘤の門下生であり、吏員の半数以上がかつて瘤のお伴でF町の料亭で濃厚な情調――多分――を味わった経験の持主と来ている上に、村の長老株もまた同穴の狢ならざるはなく、学校長、各部落の区長にいたるまで何らかの意味で瘤の息がかかるか、あるいはその弱点を握られているかしないものは無かったのだ。弱点云々といえば、一見、瘤に対抗して、優に彼を一蹴し得るだろうような村内のいわゆる長老有志たち――主として地主連にしてもやはり「さわらぬ神に……」式に黙過しているのは、そういう奴が伏在していたからである。たとえば俄か分限者の二三の小地主たちなどは、いずれもコソ泥の現場――夜の白々明けに田圃の刈稲を失敬しているところや、山林の立木を無断伐採しているところなどを、沼へ鴨打ちに出かける瘤のために発見されて「金一封」で事なきを得ていたし、村内殆んど全部の地主たちは、かつて左翼華やかなりし頃、この瘤の献身的な強圧のお蔭を被って滞りなく小作米を取り立てていた。
 自小作農にいたっては遺憾ながら烏合の衆というよりほかなかった。「同じ喰われるにしたところが、有志たちが十喰われるとすれば俺たちは一か、せいぜい二ぐらいのところで済むんだ。下手に出て頭でも打割られるよりは黙って喰われていた方が安全さ。なアに、そのうちまた中風がぶり返して、今度こそはお陀仏と来べえから。」
 ところが瘤自身は中風の再発どころか、再就任以来すっかり若さを取りかえしたもののように、今日も出張、明日も出張、どこへ行って、どんな用事を足してくるのか分らなかったが、お蔭でまた村では村税付加がじりじり大きくなって来た。他村では本税の二三割で済む自転車税の付加が、この村では九割。家屋税にせよ、宅地税にせよ、いずれもそれ位の付加額がくっついてくる。自転車や牛車などは親類縁者をたよって他村の鑑札でごまかしたが、家屋税付加などにいたってはそんなからくりも出来ない。農会費、水利組合費、これまた前年度の倍もかかるようになってしまう。少々は喰われたって……と温良ぶった村民も、内心では次第に悲鳴をあげ出した。
「名村長ちうから村がよくなるのかと思ったら、どうしてどうして貧乏するばかりだ。全くあれは生命取りの瘤だっぺよ。」
「誰か奴をやっつけてくれるものが出ないことには、俺たちはいまにすっからかん[#「すっからかん」に傍点]に搾られてしまう……」
 ところで、それまでになっても、では、俺が出て、ひとつ……というほどの覇気のある者も、まだ、ついにいなかったのである。
 そういう村民の無力、意気地なさを嘲笑するもののように、さらに彼らの無けなしの金を捲き上げる計画は次から次へと実施されはじめた。村社の修復、屋根がえ、学校長への大礼服の寄贈(しかもこれは貧富に拘らず、校長氏が準訓以来教えた全部の卒業生各自への二十銭の割当寄付によったもので、一家四五名の卒業生も珍らしくなく、現在通学中の児童へ一本の鉛筆を買い与えることすら容易でないものも既定額を出さねばならなかったのだ。そして六百何十円――約七百円近く
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