る。
「家財道具みんな売り払ったばかりでなく、畑作まで処分して出かけたッち話だね。」
「でも、嫁さんは……昨日もいたようだが……」
「なんでも留守させて、その間に、二人でみんな運び出したって話だね。夜中に、この坂の下へトラック来たの見た人があるちけから……」
 浩さんの前半生が分った。どこへ約束しても彼は金をつかんでしまうと仕事に行かず、ちびりちびり飲んでしまうので、もはやそれを知るところでは雇い手がなかったのであった。幼い時から村を出て樺太から九州の端までほっつき歩いた「風来坊」――村人の表現――で彼はあったのだ。
「知らない土地へ行ったらあれでも夫婦で通ッぺね。」真面目な顔で話し手はいうのであった。それから村の酒屋ではいくら、どこそこではいくら引っかけられたという話の末に、お宅でもですぺね、と訊くから、少しばかりやられた……しかし問題なのは残されたこの仕事だ、すっかり信用してしまってあてにしていたものだから、というと、
「いや、全くそれは降参(浩さん)しやしたね」といってその農夫は、不精髭に蔽われた熊のような顔でにやり笑ったのであった。



底本:「犬田卯短編集二」筑波書林
  
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