来の農業はどうしてもアメリカ式、ないしロシヤ式でなければならないこと等々を滔々として語り、いかに自分がそういう方面において、新しい計画、経綸を持っているかを誇示したのであった。
やがて男爵はKといっしょに農会長の宅を辞去した。辞去するまでには、男爵は農会長をして翌日、画家小川芋銭氏を紹介させ、そして満州における大農場建設の資金の一助として絵を幾枚か書かせようという手筈まできめてしまったのであった。
「じゃ、どうぞよろしく。」
「承知しました。」
意気揚々としてそこを出た男爵は、Kの肩を叩いて、
「君、どうだね。ひとつ満州へ勇飛しないかね。」
「いや、大いに勇飛したいと考えていたんですがね。」
「じゃ、僕のところで高給を出そうよ。それからね、僕は、実に、その君の高潔なる犠牲的精神と、現代、農村青年のみが持っている本当の真面目さに惚れ込んだよ。それでだね、どうだね、折入って話したいことがあるんだが……」
若いKは、東京の男爵閣下に、かくも慇懃に持ちかけられたので、じゃ、ひとつ、そこでひと休みしながら……と言わざるを得なかった。何となれば、ちょうどそこには、それにふさわしい「御休所」があったのである。
卓を囲んで、女給が、どうぞお一つ……と来てからややあって、男爵はKの耳に顔を寄せていうのであった。
「実はね、僕は君のような真面目な、日本精神を体得した青年を探していたんだ。で、これはまアさきの話であるが、いや、現在でも決して差支えないんだ……ね、僕の縁者に一人の、まア、いわば僕の妹のようなやつがいるんだ。君、そいつと結婚してやってくれないかね。独身で満州くんだりまで行くなんて、われわれ若き男性にとって、こいつは残酷だからな。いや妹のやつも農業が好きで、上流社会や華族社会は嫌いだというのだ。」
「大して美人というわけでもないがね……」と言いながら、男爵は、あっけらかんとしている青年の前へ、一葉の写真を出したのであった。「しかし君、この通りの純真なやつ[#「やつ」に傍点]でね。」
なるほど――いや、非常な美人である。この辺の村の土臭い娘達に比しては……
* * *
K青年は有頂天になってしまって、次の日、Sのところへ報告に立ち寄った。
「S君、俺は婚約したぞ、男爵閣下の令妹とよ。」
Sはその時、自分の従兄にあたる農会長が、男爵を連れて小川先生を訪問すると聞いてびっくりしてしまい、「ちょっと待て!」をやったあとだった。とにかく本当に伊田見男爵の令嗣だというあかしを見てから紹介するならした方がよかろうと、M教師と同道でことわったのである。で、Kにも言った。「眉つばものだぜ。」が、Kは華族の令嬢と結婚出来るものと信じて疑わない。
男爵は、その時、では「証明」を手に入れてくると言って、急遽東京へ立ったのであった。そして二日して、戸籍謄本と××子爵の堂々たる紹介状とを持って、また村へやって来た。が、M教師とS画家とはまだ信用するまでには行けなかった。
「おい、二人でこっそり調べて来ようじゃないか」とM教師はいうのであった。
そこで二人はご苦労さまにも東京へ出発したのである。と、それと気づいた男爵は、ふいといなくなった。夕方、東京から、ニセだから捕えろ! という電報が村の巡査へ来たとき、彼はもはや消えていたのである。が、あとで捕まった。男爵閣下は茨城北部のある町の床屋さんであった。道理で汚ない風姿はしていても、いつも髪だけはきれいに撫でつけていた。
虚脱人
彼の田地は「茅山《かややま》」――草葺屋根の材料にする茅刈り場――そのもののごとく草|蓬々《ぼうぼう》であった。背丈を没する葦さえそれに交って、秋になると白褐色の穂を、老翁の長髯のようにみごとに風になびかせた。数年この方、彼は耕さなかったのである。しかも自己の持地に隣る三反歩の小作田まで一様に死田化して顧みなかったのだ。
水田ばかりではなかった。畑地をも彼は雑草に一任してしまっていた。親戚のものは、わざわざ何回も「会議」を開いて彼に忠告した。村長や警察まで心配して――なんとなれば彼は国民の三大義務の一つ、納税なるものを果さなかったので――威嚇した。三反歩の方の地主は強硬に土地返還を迫った。が彼はそれらのいずれに対しても頑として応じなかった。「勝手に何でもやれ! 俺は、俺だ。」
そして彼は毎日寝ていたのだった。夜も昼もなかった。一番奥の部屋へ蒲団を敷きぱなしにして。屋根からは雨漏りがした。壁は崩れてしまった。掃除もしない家の中は、埃や鼠の糞だらけだった。
彼には二人の子供があった。長男は十四歳で次の女の子は十二歳のはずだった。彼らは全く野獣化して、他家の果樹へよじ登ったり、畑のものを失敬したりして生きていた。親戚で引き取っても三日
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