うにして育て上げた鹿毛の奴が、ふうっと鼻息を一つ彼へ吹っかけ、例によってお愛想に低く啼いて、眼をうるませるのを見ると、儀作のむかむかしていた胸は少しく鎮静した。
 厩の前には、すでに油をくれて、挽き出すばかりに用意された、荷馬車が置いてあった。儀作は何ということなしに、その重い車体を少し持ち上げて、それから一方の車輪に手をかけ、くるくるとそれを廻してみた。すると鹿毛は、いよいよ山へ行けるのかと言うように、飼葉桶を首ではね[#「はね」に傍点]退《の》け、片肢でかっ[#「かっ」に傍点]、かっ[#「かっ」に傍点]と地面を蹴り出した。
「間抜けめ、そんなことをしたって、こン畜生……、その判コの捺さった紙、見えねえのか。」
 儀作はなおも車輪を廻していたが、やがてぷいと門口から出て行った。



底本:「犬田卯短編集二」筑波書林
   1982(昭和57)年2月15日第1刷発行
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2007年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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