りは、本当に自分はぼんやりの抜け作なのだろうかという反省から来る悔しさが先に立った。うっかりぽんのぼんやり者でなければ、何で半月がかりでためた金などなくすものか、兄貴のいうように、自分は白痴のようにだらだらと国道を歩いて行ったに相違ないのだろう。自分自身ではそんなつもりはなくとも、とうに世間では自分をぼんやりのうっかりぽんであると内奥を見抜いてしまっているのかも知れない、だからこそ二十三になる今日まで――農村の習慣として女は二十歳をすぎれば婚期おくれの烙印を捺される――誰も嫁にほしいと言ってくれる者がないのかも知れない。同年輩の多くのものはすでに子供まで産んでいるし、ただの一度も結婚ばなしのないなどというものは半人だっていなかった。バスの中から声をかけてくれたあのお梅さんだって、そのうしろから顔を見せたお民さんだって何回かの話はあったのだ。ただそれが例の「帯に短かし襷に長し」でまだ決まらないでいるだけなのだ。二人とも、ひょっとすると明日にでもどこかへきまるかも分らないし、いや、すでに内々はきまっているのかも知れないのである。だのに自分は……結局「売れ残り」で、それこそ満州か北支の方へでも流れてゆくのが落ちという運命にとりつかれているのかも知れなかった。
 それにしても、どこに自分は欠陥があるのだったろう。人並みに物も考え、他人のいうことも分らなくはないつもりだった。非常な醜女であるとか、どこか脚でも曲っているとか、そういう肉体的な不備でもあるのだったろうか。いや、たとえばいっしょにお風呂へ入ったようなとき、朋輩の誰彼とくらべて見ても、どこに足りないところもないし、よけいなところもなかった。皮膚に白い黒いはあっても、それが嫁入口に障るようなものではなかったし、容貌の点については、彼女は自分がお梅さんやお民さんに比して決して劣りはしないと自信していた。
 だのに……自分はいわゆるぼんやり者、抜け作の部類に属するとしか考えられぬ。そうだわ、だから血の出るような思いをしてこしらえた金も失くしてしまうのだし、お嫁の話もかけてくれ手がないのだ。
 うとうとしたと思うと母親に起された。喘息がよけいに嵩じてしまって、朝飯の支度が出来かねるというのである。お通は眼をこすりながら起き出して、いつものように竃の下へ火をたきつけた。
 やがて朝食後、兄貴が鍬をかついで麦さく切りに出てしまうと、母親が寝ている枕もとからぼろけた財布をひっぱり出して五十銭玉を二つ畳の上へならべ、占い者にかんがえてもらって来たらいいだろうというのであった。
「無駄だわ、そんなこと――」
 お通はそっぽを向いたが、無論あきらめてしまったわけではなかった。いや、考えれば考えるほど諦めきれず、これからもう一度探して来ようと思っていたところだったので、「どうせ、あたりもしめえ」と重ねていって見た。
「当るか当らねえか、それは分らねえが、ひょっとして当るかも知れねえからよ、それが八卦だねえの。」
「あたらなかったら、ただ銭うっちゃるようなもんだしな。」
「それではお前のいいようにするさ。でも、一文なしではしようあるめえから、とにかく何に使うばって、その銭はとっておけな。」
「駐在所へだけは届けておこうかな。」
 彼女はそう言いながら起ち上る拍子に畳の上の五十銭玉二枚をつかんで掌に入れていた。
 村の巡査駐在所は隣部落――お梅やお民らの近くにあった。お通は昨日の道筋をさらに丹念に探してから駐在所の方へ急いだ。と、どこかへ出かけようとする巡査が自転車で先方からやってくるのに出遇ったので、それをよび止め、紛失の話をした。すると巡査は笑って、
「ようく探したか、どこか家の中へ置き忘れてでもいるんだねえか」と軽く受けた。
「そんなはずはないんですがね。」凋れるお通を見ると、それでも、「拾得人が届けてよこしたらすぐに知らせるから。――でも、何だな、もっとよく方々さがしてみるんだな。」
 そして自転車をとばして行ってしまった。
 お通は巡査のその態度に何だか悲しくなって胸がいっぱいだった。軽蔑していた占い者へ、やっぱりすがろうとする気持が、むらむらと起ってくるのを抑えることが不可能だった。占いをする人というのは渡りもので、十年ばかり前にこの村へ落ちつき、籠屋渡世をしているのだが、本職の方よりは、家の方位を見てくれとか、子供が長病いをしているが何かの崇りではあるまいか考えてくれとか、嫁取り婿もらいの吉凶から、夫婦喧嘩の末にいたるまで、あらゆる日常的な、しかしながら常識をもってしては判断のつかぬ事柄があると、きまって依頼されるその種の占いの方が収入になっていたのである。お通がこっそりと土間へ踏みこんだとき、この籠屋はまだ朝食をすましたばかりらしく、どてら着のまま長火鉢の前ですぱり、すぱり煙草をうまそう
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