ままだが、今日をすぎると子供に拾われる恐れがありますな。……まア草摘みにでも出た子供が見つけるというような寸法でしょうな」というのであった。
見料はときくと、一円だというので、お通は母から今の今もらったばかりの第二の五十銭玉二つをそのまま置いて、それから子供らに拾われてしまっては大変と思って、国道へ引かえし、暗くなるまで一人で探し廻った。が、それも無駄骨に終ったので、その翌日、またしても国道の枯草を引っ掻き廻した。
「家から半里……きっとこの辺に違いない。」
両手は朝露にぬれ、足も枯草と泥に汚れて、もはや血眼の彼女は、人に見られてもかまわず、野ばらの蔓の中まで掻き分けた。
「何だか、そんなとこで……」とわざわざ自転車を下りて訊ねる見知り越しの人もあった。
「蟇口失くしたんだ」と彼女は判然と答えるのであった。
四
野良仕事など容易に手につかなかった。彼女はもう近所の人にも公然と言明して、こないだの道筋を探しに探し廻ったが、いぜんとして発見できなかったので、今度は二里もある沼向うの村の占い師を訪ねてさらに一円の見料を払ったのであった。ところでこの道楽で易など見ているんだと自称するまだ若い卜筮師は、「これは庭先か門口に落したんで、落してから五分以内に、極く近所の始終出入りしている三十がらみの女の手に入っている」というのであった。お通ははっと思ったが、自分の家へ夜昼なしにやってくる隣家のお信お母《ば》さんを疑いたくはなかった。もっとも自分が蟇口を落した日以来、そのお信お母さんは、どうしたのかまだ姿を見せないでいるのだが……それにしても、呼べば応える眼と鼻の間に住んでいるその家の人に、そんな疑いがどうしてかけられよう。彼女は第一、失くした自分がうっかりぽんだったのだ、と諦めることに決心した。自分がやはり抜け作なんだ。そしてその晩また、彼女は殆んど泣き明かした。金が出て来ないことよりは(もうそんなもの欲しくはなかった)やはり自分が抜けているという自意識が、悔しさが、たまらなかったのだ。
「どこかの井戸へでも入って死んでしまってやる……」
暁方から沼向うの町で花火が上り出した。S川堤の桜が満開になって、花見の客をよぶそれは合図なのであった。
兄貴の和一が昨夜おそいと思ったら、顔など剃ってひどくのっぺりとなり、「今日は午後からだんぜん花見だい……」などとあてつけがましく叫んで、小遣銭かせぎの牛車をひき出して行ったのも彼女にとって癪でならなかった。
「俺も花見だ、俺ら朝っぱらからだ」と追いかけるようにいうと、
「また蟇口なくせ、失くした上に占師に見てもらって三円も損しろ。」
お通は地団太踏んで「失くすとも、この家の身上ぎり失くして、千円がどこも占いやって、借金こしらえてやらア。」
くさくさして仕方がなかった。本当にS川土手へ行ってやろうかと考えたが、もう母の財布にもそんなに金は入っていないことを彼女は知っていた。もっとも兄貴は相当持っているに相違なかった。豚を売った金だってまだそっくりしているはずである。今朝も、「失くしたものは、はア、いくら何といったって仕様ねえんだから、野良着だけは和一が買って来たら……」という母親に対して、「ばかな、俺ら今年は裸体《はだか》で田植だ」なんて罵ったくせに、あとでは二反買うのか一反でいいのかなどと聞いていたくらいであったが、でも、お通へは一銭だって出すまいとするのである。「そんなけちん[#「けちん」に傍点]坊なら誰が……たといやろうといったって貰ってやるもんか。」
お通は麦さく切りに出かけた。二三日くよくよ探し廻っているうちによその家では切り終えていたらしく、もう誰の姿も見えなかった。汗を流して働いていると花火のことも着物のことも気にならない。ぽかぽかと暖かい日光、大空に囀る雲雀、茶株で啼く頬白、ああ、春ももうあといくらもないのだ。菜の花の匂いを送ってくる野風に肌をなぶらせつつ、いつか彼女はぼんやりと考えこんでしまっていた。
午後も畑へ出るつもりでいると、お梅とお民がけばけばしいレーヨンの春衣で、きゃっ、きゃっとはしゃぎながら訪ねて来た。
「行かない?」と彼女らは口々に叫んで庭先へ駈け込んだ。「このいい天気に、もさもさ麦さく切るばか[#「ばか」に傍点]はねえわよ。」
お通は縁側に腰をもたせかけ、畑の土のついた地下足袋をぱたぱたと叩き合せて、
「そうよ、世界にたった一人しか、なア。」
「誰よ、そのばか[#「ばか」に傍点]は。」
「俺よ……十五円もすっぽろっちまって、何が花見だってわけだ。」
「あれ、まだ出て来ねえの。」
「出るもんか、出たくらいなら今日ら、鼻天狗で、すしでもカツ丼でもお前らの好きなもの奢ってやら。」
「くよくよすんない」とお梅さんが大振りの晴れやかなでこぼこ[#「
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