声が続けさまに聞こえた。あまりしきりなく聞こえるので、二匹が掛合に囀っているのかとも思った。
 私は、雨の音や、鶯の声に、春の朝ののどけさを感じて、寝床の中で、のんびりとした気持になりながら、思い出したのは、何時であったか内田百間氏が、私に鶯の声を聞かせたいというので、障子のはまった立派な箱を下げて来られた。
 夕食に一杯飲みながら、私がその箱をさぐっていると、※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]※[#「てへん+皎のつくり」、第4水準2−13−7]の書いたものを見ると、鶯のことは、あまりくわしくはなさそうであるから、一つ教えることにするといって、いろいろ話された。
 鶯の声には、上げ、中、下げというのがあって、上げは高く鳴き、中は中音、下げは落著いた静かな声である。鳴きはじめの「ホー」のひっぱり方にも、「ケキョ」の早さにも、いろいろ特徴のあることなど教えて貰った。また、谷わたりの節は、薮鶯が上手であるという話であった。わたしはその話を聞きながら、そっと箱へ耳をつけてきいてみたが、鶯はねむっているのか、何の音もしなかった。
 百間氏は、この鶯を今夜一晩とまらせるから、明日ゆっくり聴くようにといいながら、あかりの工合がむずかしいからと、自分で置き場所を探して、其処において帰っていかれた。翌日は早くから、よい声を聞かせてくれた。わたしが箏の稽古を始めると、興にのったように、谷わたりや、いろいろに囀った。
 私は今寝床の中で、こんなことを思い出している中に、さっきの鶯の声は聞こえなくなったが、春雨の音は、少し強くなっていた。



底本:「心の調べ」河出書房新社
   2006(平成18)年8月30日初版発行
初出:「古巣の梅」雄鶏社
   1949(昭和24)年10月5日
入力:貝波明美
校正:noriko saito
2007年12月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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