ナ字を写すにも平気で筆を運ばせ、また草木の写生図もよくした。松岡恕菴の『蘭品《らんぴん》』並に島田充房《しまだみつふさ》の『花彙《かい》』に先生の描かれた見事な図がある。
先生は享保十四年(1729)八月二十一日に京都の桜木町で生まれたが、前記の如く文化七年(1810)正月二十七日に八十二歳の高齢に達して東都医学館の官舎で病歿し、浅草田島町の誓願寺に葬られて墓碑が建った。
この偉人の墳塋《ぼえい》は右に記したように誓願寺に在ったのだが、後ち昭和四年に練馬南町の迎接院(浄土宗)に改葬せられた。そして改葬の際先生の髑髏がその後裔によって親しく撮影せられ、私は同遺族小野家主人の好意でこの写真を秘蔵する光栄に浴し得たのである。
[#「小野蘭山先生の髑髏」のキャプション付きの写真(fig46820_16.png)入る]
[#「ホルトソウ 半枝連、続随子(小野蘭山筆)」のキャプション付きの図(fig46820_17.png)入る]
秋海棠
私はこれまでに秋海棠が日本に自生していると聞かされたことが一再ではなかった。が、しかし秋海棠は断じて我国には自生はない。それがあるように見えるの
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