X時、上ニ新藁ヲ覆ヒトシ、ソレヨリ滴ル露ヲ受ケテ、甘味ヲ生ズト云フ」とあって、その玉露の語原がいささか前説とは違っている。これはいずれが本当か。そしてこの『大言海』の説はなんの書から移したものか今私には分らないが、その玉露の語の原因はどうも前説の『茶園栽培問答』の方が真実であるように感ずる。

  御会式桜

 毎年十月十三日は、弘安五年(1282)に、武州池上の本門寺で入寂した日蓮上人忌日の御会式《おえしき》で、またこれを法花会式《ほっけえしき》とも御命講《おめいこう》とも日蓮忌ともいわれる。この会式の催される時分にちょうど花の咲くサクラがあって、通常これは御会式桜《オエシキザクラ》と呼ばれ、往々それをお寺の庭などにも見受けるのだが、ありがた連中、随喜の涙にむせぶ連中はこのサクラの開花を仰ぎ見て、さも仏様の功徳によってそれが自然へ感応し、さてこそその花が有情に開くのだと感銘しているのであろう。そして世の中にこんな連中があればこそ仏様も立ちゆく訳で、万歳であり万々歳であろう。世間は広いので商売の工夫も商売道具もいろいろとあるもんだ。
 さてこのサクラたるや、何も御会式とはなんの関係もな
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