かねばならんのである。猴は人ではなく、犬は猫でなく、牛は馬ではない。
元来イタヤカエデとはどういう意味から割り出して来た名であるのかとたずねてみると、これは宝永七年(1710)に出版になった、東武蔵、江戸の北なる染井の植木屋の主人|伊藤伊兵衛《いとういへい》の著『増補地錦抄《ぞうほちきんしょう》』によって見れば、イタヤカエデは紅葉するカエデの中でその葉が大形なものであるから、それが天日を蓋うように繁れば降り来る雨もそれを通して漏り来ることはあるまい。それはちょうど屋根を板葺きにした板家《いたや》と同様だから、それで板家カエデというのであるとして、今日いうハウチワカエデ(Acer japonicum Thunb[#「Thunb」は斜体].)の葉形が掲げてある。
この板屋《イタヤ》カエデをまた名月《めいげつ》というとしてその語原が書いてあるが、その名の起こりは『古今集』から来たもので、その集中の「秋の月山へさやかにてらせるは落る紅葉のかずを見よとか」の歌に基づいたもので、これは秋の紅葉の時節にこの赤色に染った葉が地面に落ち布ける数を、照る月の光でかぞえ見ることが出来るだろうとの意味であ
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