ェで彩筆を振った。書肆が競って中等学校の植物教科書を出版した華やかな時代には、同君に嘱して菌類の着色図を描いてもらいその書中を飾ったものだ。甲の教科書にも乙の教科書にもキノコの着色図版といえば、後にも先きにも川村君の腕を振う独壇場であった。
君には二、三の優秀な菌類図書が既刊せられてはいるが、その多年にわたって自身に写生してためたものをまとめて一書となし、まず同君最後の作として東京本郷の南江堂でこれを印刷に付し、ヤット出来上がった刹那、昭和二十年の戦火で不幸にもそれが灰燼となって烏有に帰した。まことに残念至極なことで、確かに学界の大損失であるといえる。
川村君は燃ゆる心を以て再挙を図っていた。幸いにその原稿の原図が戦火を免かれ、安全に残ったことを同君の書信で知ったので、私はその不幸中の幸運を祝福し、右菌類図説の再発行を祈っていた。
そのうち昭和二十年八月十五日に終戦になったので、程もなく同君は山梨県東八代郡花鳥村竹居の疎開地から無事に都下滝野川区上中里十一番地の自宅へ還った。が、間もなく天、同君に幸いせずついに上に記したように、不幸にして不帰の客となった。
同君は晩年には大いに
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