Qした。しかし久しい前のことで今その標品はいずれかへ紛失して手許に残っていないのが残念である。すなわちこのアスナロノヒジキはかくして私が初めてこれを箱根で採ったのである。大久保君が同山で採ったのはそれより六[#「六」に傍点]、七年[#「七年」に傍点]も後ちで明治十八、九年頃であったのである。
 このアスナロノヒジキは一種の寄生菌、すなわちアスナロの害菌で、そのもとの学名 Uromyces deformans Berk[#「Berk」は斜体]. et Broom[#「et Broom」は斜体] は初めてかのチャレンジャー航海報告書にその図説が発表せられたのである。すなわちその原標品は同船の採集者が、我が日本で採集し持ち帰ったものだ。西暦一八八七年我が明治二十年に発行になった英国の Journal of the Linnean Society 第十六巻に右の図(記事も共に)が載っているので、今これを写真に撮りここに転載した。
 この菌はまたアスナロに近縁異属のクロベ一名ネズコすなわち Thuja Standishii Carr[#「Carr」は斜体].(=Thuja japonica[#「
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