駐クノ如ク以テ飢ヲ療スベシ」と書いている。
ひろく我国各地に植えてあって普く人も知っているいわゆるバショウ(Musa Basjoo Sieb[#「Sieb」は斜体].)は昔中国から渡来したものだが、しかしそれがいつの時代であったのか今私には不明である。が、しかし一千余年も前にできた深江輔仁《ふかえのすけひと》の『本草和名《ほんぞうわみょう》』に甘蕉、一名巴蕉を波世乎波(バセヲバ)と書き、源順《みなもとのしたごう》の『倭名類聚鈔《わみょうるいじゅしょう》』にも芭蕉を和名発勢乎波(バセヲバ)と書いてあるところをみると、相当古い昔に来たものであることが推想せられる。つまり一千余年以前に我国に入り来ったこととなる。そして右のバセヲバのバは葉でそれは芭蕉葉の意である。
バショウは元来暖地の産であるから寒い地方には育たないが、日本中部以南の各地には、別に何んの経済的価値もないが、ただ庭園の装飾用として植えてある。大きな花穂を象の花のように垂れてよく花が咲き、花後に子房(下位子房である)が花時よりは太く増大して緑色を呈し、著しい姿で多数相ならび、永く花穂の花軸上に遺っているのを常に見かける。総体
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