tの本の茎は本当の茎ではなく、これはその筒状をした葉鞘が前述のように幾重にも巻き襲《かさ》なって直立した茎の形を偽装しており、これを幾枚にも幾枚にも剥がすことが出来、それはちょうど真っ白な厚紙のようである。
『万葉集』巻四に「三熊野之浦乃浜木綿百重成心者雖念直不相鴨《みくまぬのうらのはまゆふももへなすこころはもへとただにあはぬかも》」という柿本人麻呂の歌がある。この歌中の浜木綿《はまゆふ》はすなわちハマオモトである。この歌の中の「百重成」の言葉はじつに千釣の値がある。浜木綿の意を解せんとする者はこれを見のがしてはならない。
 貝原益軒の『大和本草』に『仙覚抄《せんがくしょう》』を引いて「浜ユフハ芭蕉ニ似テチイサキ草也茎ノ幾重トモナクカサナリタル也ヘギテ見レバ白クテ紙ナドノヤウニヘダテアルナリ大臣ノ大饗ナドニハ鳥ノ別足ツヽマンレウニ三熊野浦ヨリシテノボラルヽトイヘリ」とある。また『綺語抄《きごしょう》』を引いて「浜ユフハ芭蕉ニ似タル草浜ニ生ル也茎ノ百重アルナリ」ともある。
 また月村斎宗碩《げっそんさいそうせき》の『藻塩草《もしおぐさ》』には「浜木綿」の条下の「うらのはまゆふ」と書いた下
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