り、宿屋はたちまちみな満員、桜の林には人だかり、とても同地は賑わうことであろうと信ずる。
 こんな天然物を利用して繁栄を策することは、永久的のものであって一時的なものでなく策の最も上乗なものである。私は熱海人士に熱海人士が大いに私のこの献策に耳を傾けられんことを願いたいとは、ずっと以前から私の熱海をおもう老婆心であったのである。
 ところがさすが同地にもやはり具眼の人々があって近来寒桜の苗木を多数用意しだいぶこれを同地に植えたのである。しかし残念なことにはその苗木が諸方にばらばらに植えられてあるので私の意見とはちょっと相違している。かくこれをばらばらに植えてそこにチョボリここにチョボリでは引き立たない。どうしてもこれはそれを一所に群栽して、それはちょうど梅林のように、それを桜林とせねばせっかくの努力もたいした好結果を持ちきたさないことを私はひそかに憂えている。



底本:「花の名随筆1 一月の花」作品社
   1998(平成10)年11月30日初版第1刷発行
底本の親本:「牧野富太郎選集 第二巻」東京美術
   1970(昭和45)年5月発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
200
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