いのは、尤《もっと》もなことだと思われる。
 今カキツバタの語原をたずねてみると、これはその根元は「書き付け花」から来たものだといわれる。すなわちそれは国学者荒木田久老の説破するところで、この同氏の説はまったく信憑するに足るものと信ずる、よって今左に同氏の説を紹介するが、これは今からまさに百二十一年前の文政四年に出版となった同氏著の、『槻の落葉信濃漫録』に載っている文章である。

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かきつばた

波太波奈《ハタハナ》の通ふ言につきて因に言 かきつばたといふ花の名は燕の翅《カケ》る形ちに似たれば翅燕花《カケリツバハナ》といふ言ぞと荷田大人のいはれしよし 師の冠辞考に見えたるをめでたき考とおもひをりしに 按《オモヘ》ば是は燕子花とある漢字よりおもひよせられしものなり 熟《ツラツラ》考るに万葉七に墨吉之浅沢小野乃加吉都播多衣爾須里着将衣日不知毛《スミノエノアササハヲヌノカキツバタキヌニスリツケキムヒシラズモ》又同巻に かきつばた衣に摺つけますらをの服曾比猟《キソヒカリ》する月は来にけりとありて 上古は今のごとく染汁を製りて衣服を染ることはなくて 榛《ハリ》の実或はすみれかきつばたなどの色よき物を衣《キヌ》に摺り着《ツケ》てあやをなせるなり 其|摺着《スリツクル》をまたかきつくともいひて是も巻七に 真鳥住卯手《マトリスムウナテ》の神社《モリ》の菅《スガ》の実《ミ》を衣《キヌ》に書付令服児欲得《カキツケキセムコモガモ》とあれば かきつばたは書付花《カキツバナ》也([#ここから割り注]はなとはたと通ふは上にいふがごとし[#ここで割り注終わり]) 着《ツク》をつとのみいふも古語也 つきつくつけなどいふき[#「き」に傍点]もく[#「く」に傍点]もけ[#「け」に傍点]も用言に添る言にて元来つの一言ぞ着《ツキ》の意なりける 船のつく所を津といふにて知るべし(以下省略)
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 右にてカキツバタの語原はよく解るであろう。
 昭和八年六月四日に、私は広島文理科大学植物学教室の職員達と一緒に同校の学生を引き連れて植物実地指導のため、安芸の国山県郡八幡村におもむいた。この八幡村は同国西北隅の地でその西北は石見の国と界している。そしてこの村の田間の広い面積の地にカキツバタが一面に野生し、それがちょうど花のまっさかりな絶好の時期に出会った。私はつらつらそ
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