わた見せるあけびかな」という句があった。これは自分の拙吟だが「なるほどと眺め入ったるあけび哉」、「女客あけびの前で横を向き」これはどうだと友達に見せたら、そりゃー川柳へ入れたらよかろうと笑われた。
 わが日本にはふつうあけびに二種(いま別にあいの子の一種があれど)あって、一般にはこれらを通じてあけびといっている。今日の植物学界ではその中の五葉のものを単にあけびと称え、他の三葉のものをみつばあけびと呼び、かようにそれを二種に区別している。
 右のあけびもみつばあけびも植物学上からいえば、共にその蔓が左巻きをしている纏繞藤本で、すなわち灌木が蔓を成したもので、それはふじなどと同格である。葉は冬月落ち散り、掌状複葉で長き葉柄を具えて互生し、花は四月頃に房をなし雄花雌花が同じ穂上に咲き、花には紫色の三萼片のみあって花弁はなく、雄花には雄蕋《おしべ》があり雌花には雌蕋《めしべ》があって、この雌花は雄花より形が大きく、かつ花の数が少ない。
 果実はみつばあけびの方がその皮の紫が美麗でかつ形が大きく、食用にはこの方がよい。
 市中に売っているあけびの「バスケット」はどのあけびで作るか。通常これをあけびの「バスケット」というもんだから、それをふつうのあけびで作ると思っている者が多かろう。植物専門の博士でさえそう思い違いをして、これを書物に書いた滑稽があった。しかしこの「バスケット」を作るあけびはまったくみつばあけびで、ふつうのあけびは用いない。みつばあけびはその茎の本からきわめて細長い枝が発出して、それが地面を這って延びているので、それを採り来たり皮を剥いで「バスケット」に製する。ふつうのあけびにはこの細長き枝蔓が出ないから問題にならぬ。わが邦東北の諸国にてあけびといえば、そこに多いこのみつばあけびのみで、そこでは単にあけびと称える。ゆえに主として東北地方から産出するその「バスケット」を、あけびの「バスケット」と呼ぶのも無理はない。
 ふつうのあけびの芽だちの茎と嫩《わか》き葉とを採り、ゆでてひたし物とし食用にする。これを蒸し乾かしお茶にして飲用する。山城の鞍馬山の名物なる木の芽漬はこの嫩葉を忍冬《すいかずら》の葉とまぜて漬けたものである。
 従来わが邦の学者は、わがあけびを支那の通草一名木通に当てていた。ゆえにあけびが薬用植物の一つになっていた。しかるに近頃の研究では、右の通草すなわち木通はあけびではないということになったので、そこであけびが果して薬になるかどうかということが分からなくなってしまった。
 ここに面白いことは、このあけびの学問上の属名をあけびあ、すなわち Akebia ということである。これは無論日本名のあけびを基として作られた世界共通の属名である。そしてその中のあけびをば Akebia quinata と称し、みつばあけびをば Akebia lobata と称する。これは学問上の通称で、この名であれば世界中の学者にはだれにでも通ずる。学問上にはどの植物にもこんな公称があって学者はこれを使用しているのである。あまり長くなるのであけびの件これで打ち止め。



底本:「花の名随筆10 十月の花」作品社
   1999(平成11)年9月10日初版第1刷発行
底本の親本:「牧野富太郎選集 第三巻」東京美術
   1970(昭和45)年6月発行
入力:門田裕志
校正:川山隆
2007年12月19日作成
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