だしきを見るにつけ、愈々《いよいよ》余は、師の情操品性の稀有なる高潔さを証明し、かつて至純の動機以外の何物によっても行動せることなき人物たるを確言するの義務を痛感する者である」。
 これが全章のまくら[#「まくら」に傍点]になっているのだから、撥陵遠征隊事件はオッペルトによると、アベ・フェロン師の――および師の提言にしたがって全幹部の――稀有なるまで高潔な品性を論証する事例として、展開されるのだ。
 あなたこそ、喜んで手を貸して下さる御方と御見受けしてと前置があって、某日フェロン師が、オッペルトへ、上海租界の茶亭の一隅で、ひどくもったいぶった説教だった。
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「これからおはなししますが、最初びっくりなさるかもしれません。奇怪とも突飛《とっぴ》ともみえましょう。しかし、よくよくお考え下さい、現在わたしたちが望んでいる朝鮮開国の一事を摂政(大院君のこと)に強要する途は、これ以外には絶対にありません。わたくしの案が、奇怪であり異常であるとしても、大事は小策をもって成すべからずということは忘れないで下さい。偏狭な目で見てはならないのです。
 それから、いかにも摂政を強要しようというのですけれども、しかし何もひどい危害を加えるというのではありません。国内の誰一人、生命財産を危なくする心配はないのです。もっとも、かなりの護衛兵は必要ですが、これだって、実際上の危険を慮《おもんぱか》ってのことではなく、つまらない邪魔を避けるためです。」
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 このようなフェロン師の科白《せりふ》が、まだまだ数頁にわたって書かれているのだが、そもそものプランはフェロン師と「わたくしの朝鮮人の友人」との間でできたことになっている。朝鮮人というのは、ジェンキンスが総領事セワードに向って朝鮮からの特使だといって報告した者で、実はフェロン一行を朝鮮から救い出した数名の朝鮮人信者団である。漁民だったと伝えられている。で、そのプランというのは――
 迷信深い摂政(大院君)の家に伝わる聖骨があって、ある秘密の場所に護持されている。この聖骨のおかげで彼とその一族の幸福が保証されているものと信ぜられているので、これにたいする尊崇は異常なものだ。こいつを奪ってしまえば、ほとんど絶対権を取ったも同様、首都漢城を陥れたのも同然である。摂政は唯唯諾諾《いいだくだく》、聖骨取戻しのた
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