もの》は、半分《はんぶん》も描《か》いてあるのではなく、女《おんな》と、いうよりも、殆《ほとん》ど全部《ぜんぶ》が、おせんの様々《さまざま》な姿態《したい》に尽《つく》されているのも凄《すさ》まじかった。
 その六|畳《じょう》の行燈《あんどん》の下《した》に、机《つくえ》の上《うえ》から投《な》げ出《だ》されたのであろう、腰《こし》の付根《つけね》から下《した》だけを、幾《いく》つともなく描《か》いた紙片《しへん》が、十|枚《まい》近《ちか》くもちらばったのを、時《とき》おりじろりじろりとにらみながら、薬罐《やかん》の湯気《ゆげ》を、鼻《はな》の穴《あな》が開《ひら》きッ放《ぱな》しになる程《ほど》吸《す》い込《こ》んでいた春重《はるしげ》は、ふと、行燈《あんどん》の芯《しん》をかき立《た》てて、薄気味悪《うすきみわる》くニヤリと笑《わら》った。
「ふふふ。わるくねえにおいだ。――世間《せけん》の奴《やつ》らァ智恵《ちえ》なしだから、女《おんな》のにおいは、肌《はだ》からじかでなけりゃ、嗅《か》げねえように思《おも》ってるが、情《なさけ》ねえもんだ。この爪《つめ》が、薬罐《やかん》の
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